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「あなたのやってきたことはすべて素晴らしい」 この考え方になると、自分が大好きになります。自分の可能性が信じられるようになります。謙虚になれます。心から感謝できるようになります。 そんな学びの日々を記録しています。
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「知識は力なり」とかいう諺があったが、知識ということに関して本当に助かったという経験がある。

人は緊急事態に、一番その人の本性がでるということらしい。そのことは「さあ、あなたの才能に目覚めよう」という本にも書いてある。

しかし、である。緊急事態の直前に、知識があったかなかったかで結果が大きく違ってくる。

独身のときのある夜に、実家で母親と過ごし眠りについた。親が別居していたわけではない。たまたま新築でもったいないからとそんなに遠くはない別宅に父親は泊まっていた。

その夜、ドカンという不気味な爆発音があり階下へ見に行くと、風呂場の窓越しに隣りの建物の最も奥の部屋の窓から発火している。激しい炎が見えた。その激しさは猛スピードで静かに進行していく。もうすでにその場でさえメラメラと恐ろしい熱気が伝わってくる。

母親は恥しいことだが腰を抜かした。見るなり、すべてを失う恐怖に襲われたようだった。この火の勢いでは時間の問題で引火してしまう。

とにかく電話をして消防車が来るのを待ったが、その間私がしたことは寝間着を一番好きな服に着替えておしゃれし、なぜかパスポート(その時唯一の身分証明書)をポシェットに入れた。

消防車が次から次と到着して消火活動を開始。

消防団員は時々起こる爆音に怯えていたのが分った。一斉に消火活動するが、火元に届かず意味をなしていない。でも私はどこから出火しているかを知っている。どこの部屋なのかが分る。(その家はビルで無人であった)


全体の活動を見た後これではいけないと思った。
それで私は消防団員をなんと誘導したのだった!

そして誘導された消防員が消火活動するやいなや、あっという間に鎮火。

翌日の朝日新聞の地方版の一面トップはその火事のことだった。そして名前入りで私のコメントが入っていた。発火時間も正確に覚えていた。その時間がそのまま記事に書かれていて嬉しかった。というのは新聞記者が鎮火後に近所の人にインタビューしているのが聞こえたのだが、全く違った時間(驚くほど違っていた)を言っていたのを聞いたからだ。

ここまで読んだ人はなんと落ち着いた対応ができる人なんだと感心するかもしれない。実際のところ翌日は電話がやむことなく、無事を喜んでくれると同時に感謝状はいつくるのかと聞かれた。

実は火事のあった直前の夜NHKの特集テレビ番組「千日前ビル火災を検証する」とかなんとかの緊急時に何が必要なのかをうんと叩き込まれていたのであった。

一人がパニックを起すと事が大きくなるらしい。

正しい判断とは何か、緊急時には誘導する人が必要とかなんだかんだという「知識」があったのだ。

これはテスト直前に見た漢字がそのまま出題されたとか、一夜漬けで結構良い成績を修めることができた、ぐらいのことかもしれない。


地震がちょっと大きいと騒いでしまう私が本当の私。なんともはや・・・。もっと勉強しようっと・・・。

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元宝塚で大物俳優の、聞けばもう51歳の大地真央が10歳以上年下の世界的インテリア・デザイナーと婚約したという。

最近耳にする芸能人カップルには、「エッ」と驚く組み合わせが多くなったように思う。そこに変化していく時代を感じる。

時代を感じているというと、客観的な検証に聞こえる。が、「エッ」と感じて受けとめたときに、自分の潜在能力の地下深くを震動させてもいるのだ。

特定の人に愛だの恋だのとは無縁となり、加齢に逆らえるはずもない容色のかげりを受け止めている大地真央世代の人は「エッ」と小さく叫んだ後は、わが身を振り返る。

くだらないとは言ってられない。お前と大地真央とでは比較にならないだろうという方向に持っていくと学びがない。

もう亡くなられてから大分経つが、森瑤子は作家になる前は不完全燃焼気味な専業主婦だった。

ある日「エッ」と驚いた。

版画家である池田満寿夫が芥川賞をとった!

だれでも、いつからでも、小説を書いてもいいのだと「知った」ことが刺激となった。それまでは「ありえない」とされていたことが「ありうる」ことを知ったのだ。

「やっぱりありえるんだ」と元気づけられる効果。

そして新たな自分が引き出される。新しい行動をとってみる。ハートに火がついた。


もっと綺麗になる努力をしようとか、独身の女性なら、年上ばかり見ていた人が新たなる選択肢を持つきっかけにしてみるとか・・・。


たくさんの「エッ」を持つことは若さの秘訣とどこかで読んだことがあるし、また別のジャンルの本では、「驚きは感性を磨く」ということも読んだことがある。

拡大解釈すれば、偉大な発明家とは当たり前と思っていることに、ただ一人「エッ」と驚いた人ではあるなと思う。世間を騒がす事象に対してではなく、当たり前のことに驚くというところに気づきの偉大さがあるのだろう。

今日の学び:


■「エッ」の驚きはあなたの潜在能力を引き出すきっかけ





「空気を読め!」

「常識を知れ!」

「時と場所と場合をわきまえろ!」

職場や集まりで、何か間違った行動をとると、開口一番こんな言葉で叱責されるシーンがある。

こんな言葉は結局相手にも分ってもらえないことが多い。相互理解には程遠く、何も説明されていない。

怒ったほうは気分が悪くなり、怒られたほうは理解できないままで、同じく気分を害する。

空気とは、全体がどのような目的に向かっているときなのか?

常識とは、何に対してどうすべきことなのか?

今は何を優先させるべきなのか?

それが分らないから、その結果そぐわない行動をしただけなのだ。

「こんな簡単なことも分らないのか」と相手に不快になる前にちょっと考えてみる。指導的な立場にあるものならば、なおさらである。

具体的に示すことが大事。具体的であれば、先ほどまで見えなかった「空気」が見えるようになり、読み始めることができる。

自分のことを振り返ってみても、体験した「常識」の数は多い。それは一様には語れない。

組織においては、社風・校風というもの自体が常識と言ってもいい。そこだけに通用する常識がある。

夜に「おはようございます」というのが「常識」のところもある。

時間を守ることが常識だと思っていたら、約束時間にいくことが「非常識」とされることもある。時間の常識はさまざま。


犯罪を犯してしまう会社があれば、その底流には、ある規則が常識とされていたはず。

■常識は共有するための説明できる約束ごとである。

■常識や空気を明文化してみると、何を大事にしていこうとしているのかが見える。

■言わなくても通じると思うな「あなたの常識」と「相手の常識」

注:ここでいう「常識」とは、例えば「人は人を殺してはいけない」という理屈ぬきの人としての「常識」・倫理道徳に基づく原理原則としての常識ではありません。
どこで読んだか忘れてしまったが、何かを手に入れるまでのプロセスを、

「田畑を耕すお百姓さんのように」

と喩えているのが分りやすかった。

ともすれば欲しい結果がすぐに出ないとあせったり、いらだったりすることもある。

こんなとき、獲物を仕留めるハンターになっている自分を田畑を耕すお百姓さんにシフトしてみる。

雨が降って畑に出られないことがあったとしても、お百姓さんは家で寝ているわけではないだろう。こつこつと家でできる仕事をみつける。来る日のために準備する。

お百姓さんには大きな夢がある。肥沃な土地にして代々に伝えること。

一方、ハンターは獲物を射止めるか否かが問題になる。今日の結果はYesかNoかという問いかけがある。お百姓さんには、YesかNoかの問いかけがあったとしても過剰反応しない。

雨の日も風の日も、その日できることのベストをつくす。

対決して結果を出すよりも、育てながら結果を出すというプロセス重視型。そしてその営みにはひとつの目標を達成しても次の目標へと向かって行く強さもあり、終わりがない。

ここで、私が思ったこと。

この「成長日記」を毎日更新することが、田畑を耕すお百姓さんに見えてきた。

真っ白の長方形のスペースに文字をせっせと埋め込むように毎日書いている。

ネタのない日もとにかく書いている。何かコーチとしてのメッセージをと。

一人でも何か伝わって、良い気持ちになってくれればと。

何も書くことがないという事は起こらない。

過去の記事を修正したりしている。(後から決まって発見される。一人よがりで理解されないだろう箇所などを雑草を刈り取るようにやっている)


最後まで読んでくださり、心からの読者への感謝が今日はひとしおである。

お天道様に感謝する、そんな感じだ。

私の家の近くにパリで修行したケーキ屋さんがある。

このあたりは駅からは近い商業地区でもあるが、そのケーキ屋さんのあるところはちょっと通りから奥まっていて、道からは全く見えない。

しかもそこだけ畑が残っている敷地の一角にケーキ屋の建物がある。まわりはマンションと住宅があるだけ。

親の農園に尊敬の気持ちを表しているのか店の名前はフランス語でRoi Legume(野菜王??)。

鶏も飼っていて、その日の産みたて卵でプリンができ、採れたサツマイモでスウィートポテトが出来、そのほかタルトや焼き菓子、もちろんメインはフランス風ではあるがうんとライトで家庭的なケーキ類が、行くたびに目新しい季節感を取り込んだレシピを加えて並んでいる。

午前中は焼きたての、バターの香りたっぷりのパリパリ・クロワッサンも置いてある。瞬く間になくなる。

2、3年前にオープンしたときはご主人であるパティシエと、妹さんが店頭に立ちレジを打っていたが、すぐに評判の店となった。

毎週土日には店はお客で満員でごった返し、午後4時には完全にケースの中は空っぽ。わずかに残る焼き菓子を買うしかない。店では4人の若い女性が働き、ガラス越しに見える厨房には白い帽子を被った3,4人の職人さんがケーキをどんどん作って働いている。

クリスマス狂想曲は簡単に想像できるだろう。そこだけに熱気を帯びた行列ができる。そのクレイジーな忙しさの後は店をきっぱりと閉め、たっぷりバカンスをとるようで、パリでも行っているのかなと勘ぐったりしている。

出店に成功する条件があるとして、最も重要な条件のひとつとなる場所の選定ということでは零点以下なのだ。知らない人が探しても見えないのだから。しかも畑。宣伝もない。あるのは口込みだけのように思えるのだ。

ビジネスではツボを押さえれば、人は野を越え、山を越え、障害を乗り越えて欲しいものを手にいれにやってくるのだ。
初恋がいつあったかは人によって違うだろうが、それから何年もしてから、ふと振り返ることがあるかもしれない。

人によってはほろ苦い思い出であったり、まだどこかに引きずっていたり、場合によっては後悔や罪悪感があったり、あるいは反対に感謝していたりとさまざまだろう。

心に引っかかる思いを直接話すことができたらと思っても、その人との消息は断たれている。そんな人のために「初恋の人探しますビジネス」があると知って驚いた。

小学校の頃から難病を煩い、学校でも孤立していた男性に、唯一優しい言葉をかけてくれた女子生徒のことが、もう死期も迫っている今になって力強く蘇ってくるという依頼者がいた。ぜひ感謝の言葉を伝えたいと、このビジネスのサポートを依頼する。

あるいは相思相愛だったのに、終戦後の虚脱感や自分の自信のなさから結婚を断ってしまった男性。長い間しまってあった当時の彼女からの一通の手紙が出てきた。

結婚を断られての残念さをにじませながらも相手を気遣う思いやりにあふれている。彼女のそのときの断腸の思いにたいして今になって心より謝罪したく思う。

涙ぐましい調査にも関わらず、結果は相手がすでに死亡していることが分った。

手渡された報告書にはその人達のその後の生活を時系列に伝えて「・・・・幸せに暮らされていました。」という結びがある。

依頼者たちは報告書の結果に瞬間残念さをみせるが、新たな力を得る。

涙ぐんで、「幸せだったんですよね」と何度も確認して、彼女たちが幸せな人生を送ったということを「知った」ことに、心から喜び満足するのである。

彼らの中途半端だったラブストーリーがここに感動的に終結した。


このところコーチングを導入させて頂いているクライアントさん:「金沢まいもん寿司」のテレビ収録が続いていた。

お昼のワイドショーとか夕方のニュース枠での特集などで、私もしっかり録画させていただきチェックをしてた。

今度はたっぷり約一時間放送がある。

今日12日(月)テレビ朝日 夜 7時:00~7時:54


    「全国おいしい回転寿司ナンバーワン決定戦」


「コーチとはクライアントの100パーセントの味方である」とういのがコーチの3原則のひとつにある。

「金沢まいもん寿司」を応援しま~す!
イギリスではその人が口を開けて話し始めた瞬間に、その人の出身地、受けた教育、家庭環境、収入と仕事などが分るという話を聞いたことがある。

さすが階級社会だけあると思った。そういえば「マイフェアレイディ」のような映画ができる背景が確かにある。

BBCのテレビ番組で「炎の英雄シャープ」というのがある。たまたま見てイギリスの俳優、ショーン・ビーンのかっこよさにはまったことがある。

しかしながら、彼の英語は酷かった。ゼロから這い上がる役どころにはぴったりで、野性味があって私は好きだったが。時には何を言っているのか全く分らない。一体全体このなまりは何なのかと調べたら、シェフィールドなまりだった。

ロンドンでタクシーを呼ぶとき、彼がこのなまりで電話したら断られた。その後に、さすが役者でアクセントを変えてしたら、「旦那様、只今参ります」だったところを雑誌のインタビュアーに披露しているのが面白かった。

サッカー選手のデイヴィッド・ベッカムが最初にインタビューに答える姿をみたとき、私の友人はそのアクセントに興醒めしたといった。私は声の高さに驚いたが。

日本では大まかにはあっても、さすがにそこまでの細分化された分析はされないだろう。日本人でよかった。

論点はずれるが、関西人の見分け方は知っている。

どんなに綺麗な標準語を使っていても関西人が「先生」という言葉を使うと、決まって「センセ」(最初のセにアクセントで決してセンセイではない)になる。

という確信があるのだが・・・・。
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